日本人にとって元号とはその時代の象徴です。明治、大正、昭和、平成と、わたしたちはその時代を語る時、なんとはなしに元号を使います。
そして、今年は新天皇のご即位とともにその元号が「令和」と改められた記念すべき年。「令和」は天平2年に書かれた万葉集の序文を典拠としております。
「天平」それは聖武天皇が統治していた時代。平成の御世同様に天災が多い時代だったようです。その為、国の斎主として心を痛めた天皇はこの序文から十数年後の天平15年、国難を打破し、国を安寧に導くため、「乾坤相泰かに、萬代之福業を修めて、動植咸く 栄えんことを欲す」と大仏建立の発願を立てました。この発願がなされた土地が信楽だったのです。
天平時代は、「天平文化」と賞されるごとく華やかな時代であると同時に、天平元年の年に起きた政変に始まり、かんばつ・飢饉・凶作・大地震・天然痘の大流行などが相次いだ国難が絶えない時代でもありました。
歴史を繙けば、令和の典拠となった天平2年の出来事の背景にあった政情と、その後に続くさまざまな国難、そして聖武天皇が紫香楽宮において大仏建立を発願した出来事は、一直線に繋がっているとさえ言えるのです。
天平時代と現代が、様々なレイヤーでシンクロしているようにも思われます。
そこで聖武天皇の紫香楽宮があった、この信楽を今一度「発願の土地」として捉え、この発願祭を通じ、未だ見ぬ未来を縁のある人々と願を発し、共に刻むことにより、聖武天皇、行基がなし得なかったこの土地での結願への夢供養をしたいと考えました。それが信楽の歴史の根源へ遡り、今を再認識する機会への第一歩と考えたのです。
信楽の古層へのリ・イマジニング、それは新たな時代への幕開けにふさわしい祭から始まる、と。